醸造士なら誰でも知っているように、ビールをつくるためには麦汁を煮沸させなければいけません。そのように私たちは教わってきました。ところが、何世紀にも渡って、北欧の多くの地域、そして農家に伝わる伝統的な仕込み方法では、麦汁を煮沸させることなく、独特な滑らかさを持った「生のビール」をつくり続けているというのだから驚きです。ちなみに、日常的に使われている「生ビール」という言葉は熟成工程後に加熱処理を行わないビールに用いられる表現です。紛らわしいのですが両者は全く異なる意味を持っているため今回私たちが作ったビールは「Raw Ale(ローエール)※生のエールという意味」と呼んでいます。麦汁を煮沸する目的は、「麦汁の殺菌」、「不要なタンパク質の除去」、「不快な香りの除去」、「ホップの香味や苦味の抽出」のためとされています。これは間違いではありませんが、ビールを安全に、美味しく作るための最良の方法であり、絶対条件ではなかったのです。詳しい醸造方法の説明は避けますが、常識とは違う醸造工程に好奇心と不安の両方が入り乱れました。麦汁を煮込まずに作り上げる「Raw Ale」は、通常ジンの香りの元としても有名なジュニパーという針葉樹を麦汁に浸け込んで苦みと風味を付けます。今回はRaw Aleそのもののニュートラルな味わいを確認したかったためジュニパーを使用しませんでした。その代わりに、味わいが薄っぺらくならないための対策として、トーストやクッキーのような穀物の豊かな味わいが強く感じられる英国産Maris Otter(マリスオッター)という麦芽を100%で使用しました。また、ホップには何世紀にもわたって英国の最高級ホップとして愛されてきたEast Kent Golding(イーストケントゴールディング)を使って、花や牧草のようなナチュラルな風味で香りづけしています。いわゆる「SMaSH(スマッシュ)」と呼ばれる「Single Malt and Single Hop」でつくった、英国産イングリッシュエールの生バージョンとも言えます。これで比較もしやすくなったのではないでしょうか。独特の滑らかな質感、麦畑のような穀物の豊かな味わい、しとやかなホップの風味が特徴の古くて新しい「生」の体験を楽しんでください。
- ABV
- 7.0
- IBU
- 22